御言葉は生きている!

御言葉は生きている!


ヨハネ書1
1 初はじめに言ことばがあった。言ことばは神かみと共ともにあった。言ことばは神かみであった
14 そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。


今も生きている神は、

み言葉で私達の中に内住し、み言葉で導き、み言葉で働きます。

イエス・キリストを信じることはみ言葉を信じ、そのまま心に止め、従うことです。




信仰生活を始め、そして今に至るまで私にとって、見えるのは御言葉だけでした。

私を伝道して教会へ案内してくださった方がいました。

彼女は私が礼拝の中、我が夢中に御言葉をノ−トに書き込む姿に、とても心配になり、止めたこともありました。しかし、その時、私にとって御言葉は自分の精神を癒やす薬みたいなものでした。




自分に精神的な問題が来ていることわかり、

彷徨う中、教会に訪ねて来ました。

病院は2回訪ねたがあいにくも2回とも診察を受けれなかった。




人生始めに礼拝を捧げるものになりました。

礼拝で御言葉に出会い、その御言葉はどんどん自分を癒してくださること確認できました。そこで生きる希望、その光が見えて来て、どれほどほっとしたか?




私は精神的に完全に狂ってしまう手前まで来ていたので、

自身を救いたく、必死でした。

そんな自分は起きても寝てもずっと御言葉の中で暮らしていました。

RUTC 24時放送を耳にイヤホンで聞きながら寝ていました。




御言葉は生きていて、ずっと私を癒してくださいました。

今は神様は御言葉であること、まことに信じる一人になった。




御言葉以外、考えに心に留めない霊的訓練にも成功して来たことにまことに感謝しています。


御言葉を私の中に刻むと、その御言葉は24時祈りに展開され、神様の計画を先に見るものになるのだ。

神様の計画に従い、そこにすべてオールインするのだ。

生きるのは自分ではなく、御言葉!

起きても寝ても神様の恵みが溢れ、すべてに感謝しかないのだ。