絶対にクリスチャンになることはないと思っていた私がイエス様を信じた、シンプルなたった一つの理由①

絶対にクリスチャンになることはないと思っていた私がイエス様を信じた、シンプルなたった一つの理由①


私が洗礼を受けたのは3年前です。その後、本当の福音に出会って理解するようになったのは、去年、麻布福音教会に導かれてからです。今ではそれが、神様の恵によるものであることがわかりますが、ここでは、その認識に至る前に私が考えていたことを書きます。


絶対にクリスチャンとか、他の宗教を信じることはない!と思っていた私がイエス様を信じた理由はとてもシンプルです。福音しか私の問題を解決できなかったからです。色々なことをしてきましたが、解決も改善もしなかったことがイエス・キリストの福音によってのみ、祝福であることがわかり、問題が消えていくのを感じることができたからです。


この記事を読んでいただければ、イエス・キリストを信じることは絶対に無いだろうし、他の宗教を信じることもないと思っていた人間がイエス様の福音に会って救われた、その過程とその間感じていたことをご理解いただけます。


私は20代の頃、何の悩みもありませんでした。当時から職務上、大勢の前で話しをする機会がかなり多かったのですが、よく「悩みがあるのは頭が悪いからだ」的なことを話していました。今思えば頭悪いのは、その時の私だったのですが、、、。もともとあまり人付き合いが好きじゃない本性を持ちつつ、若い頃は一人でいるのがやだったので、体育会とか団体意識の強い世界で生きているというチグハグさを自分で感じることはありましたが、あまり深く悩むようなことはありませんでした。


そんな私が、それまで完全否定していた、信仰を持つことに意味があるのかもしれないと初めて感じたのは、31歳の時、海外で勤務していた時です。それまで関わったことのない社会的地位のある方々と仕事をするようになり、仕事のプレッシャーが一気に大きくなったじきです。周りには日本人もいましたが、中南米人がとても多く、頻繁に苦境に陥った際、よくブラジル人、アルゼンチン人、特にボリビア人の仲間に助けてもらいました。彼らの多くはクリスチャンであり、自然と興味が湧いてきたのをよく覚えています。


ある日、ボリビア人の友人が、本国に帰国することになり挨拶にきてくれました。そこで別れを惜しんだのち、中南米のスペイン語世界に触れているうちに、少しスペイン語に興味が出てきていたので、彼に「スペイン語で書いてある本、何でもいいからくれないか?」と頼んだら、彼は快諾してくれて、すぐに一冊本をくれました。その本には「Santa Biblia」と書いてあり、すぐに聖書だとわかりました。彼らが聖書を大事にしているのはわかっていたので、「こんな大事なものもらえない」と返そうとしましたが、彼は「いいから、受け取ってくれ」と言うので、もらいました。別に信じてもいないのに、聖書をもらい、「クリスチャンという人たちは変わったことをするものだ」と思ったのを覚えています。


続く ブログトップへ戻る


65回の閲覧0件のコメント