この戦いは主の戦いだ!不安な時に読みたい厳選聖書の言葉

「この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」

世界が変化の時代に入り、不透明、不安定感が日に日にましています。

世界が変化の最中にあるのに加えて、あなたや私の人生にも変化、試練はつきものです。

今日はそんな困難、試練の時、読みたい厳選聖書の御言葉について書きます。


今日の記事を読んでいただければ、困難、試練の中で何を見て、どう考え対処すればいいのかがわかります。自暴自棄になったり、焦って判断力を失う前に是非読んでいただきたいですし、そういう方に読ませてあげて欲しいです。

旧約聖書の第1サムエル記17章です。ミケランジェロのダビデ像で有名な少年ダビデがペリシテ軍の巨人「ゴリヤテ」と戦う話です。そう少年が巨人と戦う話です。


さて、あなたの人生にも「巨人」が出現することがあるかと思います。「進撃の巨人」じゃないですよ。この「巨人」はあなたの恐怖、中毒、困難、締め付けられるほどの悩み等です。こういった「巨人」を他人から受ける相談や映画で見たりしている間はいいですよね。人の悩みに同情しすぎて精神を病む人は滅多にいません。まぁ言っても気楽なもんです。


しかし、「巨人」つまり、恐怖、中毒、困難、締め付けられるほどの悩み、命の危機などがあなたの人生に出現した時、家族に、健康に、経済に、人間関係に現れた時、特にあなたの頭の中であなたを威圧し続ける時、それがいかに恐ろしいかをあなたも身をもって知ります。現実問題としてこれが原因で精神疾患に陥り死を選ぶ人がとても多いです。日本でもだいたい1日に50~60人が自殺しています。私たちは「巨人」との戦い方を知らずに生きているので、ほとんどの場合において恐れなどの「巨人」の思う壺、思うドツボな反応をしてしまいます。

さてあなたの恐怖、死を考えるほどの悩みが逃場のないあなたに向かって近づいて来た時、あなたを威圧する時、どう戦いますか?


聖書を見てみましょう。

第Ⅰサムエル記17章2節、サウル王に率いられたイスラエル軍が「エラ」という場所に宿泊します。そこでペリシテ軍と対峙するんですが、そこでゴリヤテという巨人がペリシテ軍から出てきます。フル武装の身長2.9メートルの巨人です。オラついている子供の頃からの戦士。関わっちゃいけないタイプです。




このゴリヤテがこう言います。Ⅰサムエル17:8-10「8ゴリヤテは立って、イスラエル人の陣に向かって叫んで言った。「おまえらは、なぜ、並んで出て来たのか。おれはペリシテ人だし、おまえらはサウルの奴隷ではないのか。ひとりを選んで、おれのところによこせ。9おれと勝負して勝ち、おれを打ち殺すなら、おれたちはおまえらの奴隷となる。もし、おれが勝って、そいつを殺せば、おまえらがおれたちの奴隷となり、おれたちに仕えるのだ。」10そのペリシテ人はまた言った。「きょうこそ、イスラエルの陣をなぶってやる。ひとりをよこせ。ひとつ勝負をしよう。」

そして17章11節「サウルとイスラエルの全ては、このペリシテ人のことばを聞いた時、意気消沈し、非常に恐れた。」

こう言う状況あなたにも私にもありますよね。恐怖や悩みが頭の中で暴走して、それにすっかり威圧されてしまう時です。なんせゴリアテは幼い頃からの戦士で、誰もゴリアテに文句を言えるような人はいなかったようです。そしてイスラエル軍もそれをわかって、「意気消沈し非常に恐れた」んですね。

この状況で、ダビデが登場します。ダビデはイスラエルのベツレヘムという所に住んでいるエッサイという人の息子で8人兄弟の末っ子でした。この8人の兄弟中上から3人がサウル王に従って戦いに出ていました。そして父のエッサイはダビデをお使いに出します。



そして戦場についてゴリヤテの声を聞ました。ダビデは神を愛する純粋な人でした。

イスラエルの兵士が恐れおののく中、サウル王にこう言います。

32節「あの男のために誰も、気を落としてはなりません。このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう。」これに対しサウル王は、33節「サウル王はダビデに言った。「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時からの戦士だったのだから。」

さて、普通ならなんと返事するでしょうか?

「ですよね(-。-;) じゃあ、ベツレヘムに帰ります。お疲れしたー」という感じでしょうか。しかしダビデはこう返します。

34節「ダビデはサウルに言った。「しもべは、父のために羊の群れを勝っています。獅子や、熊が来て、群の羊を取って行くと、

35節 私は後を追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺しています。

36節 このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。」

37節 ついで、ダビデは言った。「獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった主は、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」サウルはダビデに言った。「行きなさい。主あなたとともにおられるように。」


ダビデは獅子や、熊をでも打ち殺したと言っています。つまり磨きをかけた自分の技能により「巨人」を倒す、乗り越えることができると言っています。神様は突然、巨人と戦わせることはないんですね。その前に「状況」を与えて段階的にあなたや私を整え準備してくださいます。さらにダビデは神様を見てます。ゴリアテをみて、聞いて恐れおののいているイスラエル人と対照的。恐怖、困難に対処する見本のようなやり方です。





ただ神様がなさることを見て、「このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。」獅子や熊からも救ってくださった神様はこのペリシテ人の手からも救い出してくださるのだと言います。神様をみて、神様を信じる信仰の人のあり方が見て取れます。


ダビデは小川から5つの滑らかな石を拾い、腰に下げたバッグに入れました。そしてゴリアテに近づき、手に棒とバック入れた石だけを持ってゴリアテにこう言います。

45節 ダビデはペリシテ人に言った。「お前は剣と、槍と、投げ槍を持って私に向かってくるが、私はおまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえにたち向かうのだ。

47節 この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」


「主の御名によって立ち向かう」と言っています。救いは主の御名にある、救いは神様にある。剣や槍にはないよ。という意味です。一見、不合理に見えるダビデの行動は、「原理原則」に基づいた行動です。対してゴリアテは原理を見誤り、「力」がなんなのかと理解しないまま、自分の考え、戦略に従って戦いにのぞみました。結果は明らかです。原理原則、ルール、法則を理解しないで、さらには自分が理解していないことを理解しないで戦うものではありません。


49節 ダビデは袋の中に手を差し入れ、石を一つ取り、石投げでそれを放ち、ペリシテ人の額を打った。石は額に食い込み、彼はうつぶせに倒れた。

51節 ダビデは走って行って、このペリシテ人の上にまたがり、彼の剣を奪って、さやから抜き、とどめを刺して首をはねた。ペリシテ人たちは、彼らの勇士が死んだのを見て逃げた。

これが話の概要です。

あなたと私はいつもポイントを外したものを見て、さらにそれを不正確に見ています。

巨人は実際より大きく見えます。剣や槍を持つと強くなったような気になります。それが救いであるかのように考える時もあります。原理を理解しないまま戦うのはいい戦略ではありません。相手がそれを理解していた場合、秒殺されるからです。だからこのストーリーは機知に富んでいます。ダビデのように正しく見るべきです。


巨人は思うほど大きくありません。

巨人を見つめれば見つめるほど、大きい気がしますが、感じるほど大きくありません。

救いは剣、槍、投げやり等、一見、自分を守ってくれそうなものにはありません。

神様が突然、大きな試練をあなたや私の人生に送り込んだのではありません。

忘れてはいけません。

●大きいのは巨人ではありません。創造主神様です。

●救いは神様から来ます。私たちが力を受けるのは剣からではなく、神様の御名からです。

●神様は突然、試練を放り込んできたのではありません。あなたはすでにライオンも熊も倒しています。

●その戦いは主の戦いです。

原理原則を悟り、正しく見ることが必要です。

あなたにも私にも勝利の日になるように。

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