私と家族を救った神様の時刻表と方法①

私と家族を救った神様の時刻表と方法①

30なん年前、、

東京の23区外のとある市に生まれました。

熱心な仏教徒の家庭ではありませんでしたが、自宅には大きな仏壇があり、お盆にはお墓参り、お祭りシーズンには、地元の大きな神社のお祭りに出かけたり、御神輿を担いだり、毎年その時期になれば祭りの文化やお墓参りをするのは当然のことで、そこに違和感をもったりすることもなくイベントとして楽しんでいました。




母は私が2歳〜4歳の頃、

新興宗教に少し足を踏み入れていたそうで、何か山奥での会合に実は連れていかれたりしたこともあったそうです。大きなホールに集まって、薄暗い中、同じ歳の子供と椅子に座って遊んでいた記憶があります。




神様と離れ、罪、呪いの中で生きていたので、家族はいてもいつも根っこは淋しく、幼稚園、小学校などの社会生活では人間関係に問題があり、

友達の親、先生、近所、友達など人の目を気にして、人の顔色ばかり伺う子でした。

人に嫌われるか嫌われないか、怒られるか怒られないか、、迷惑かけてるかかけてないか、、いつも気にしていました。




創造主なる真の神様は

神様の時刻表で、私たち家族が真の神様に出会う転換点をくださいました。




私が小学校を卒業する直前、父を通して問題が起こり、住んでた家は手放し、引っ越しすることとなりました。

場所がかわって、環境や友達がかわっても、新しい学校でも人間関係でトラブルは続きました。



また、家族と少しの間離れて暮らし、急激な環境の変化によって、自分の知らないうちにストレスが重なっていたようで、いつもお腹が痛い、いつもトイレに行きたいようになりました。




あまりにも長く続くので、病院でレントゲンを撮ってもらいましたが、重い病はなく、過敏性腸症候群という神経からくるお腹の痛みという診断しかありませんでした。

いつもお腹を気にするのも嫌だし、友達との関係も良くないので、逃げたくなりました。私は、不登校になり、学校へ行かず家に引きこもりました。




その間、自分の暗い気持ちに合わせて怖い映画や、サスペンスなど沢山見ました。

昼夜は逆転し、遅くまで1人で遊び、朝には寝るという生活をしました。

そうしていたら、ある日突然、頭に映画のような怖い映像が出てきて止まらなくなりました。




私は自分が狂ったのかと思って恥ずかしくて親にも最初は言えませんでした。でも怖くて苦しくてどうしようもない状態なので、親に症状を話しました。自分が何をしでかすかわからないので、1人でいることが怖くなり、母は始めたばかりの仕事を辞め私につきっきりとなってしまいました。部屋の電気を消したり、1人で寝ることができませんでした。




怖いので、母に包丁を隠すように頼んだり、父の髭剃りも見ないようにしていました。ハサミやナイフなど、鋭利な物を見たり、言葉を聞いたりするのも怖かったのです。

怖い映像を止めるために沢山のお笑い番組を見ました。気を紛らわすためです。母は、私が怖くて泣き叫ぶとき、抱きながら死んだ先祖に助けてくださいと訴えていました。

不登校は終わって学校に戻っても授業中に怖い映像が始まり、学校を休むことが度々ありました。

このような症状は、完全に治るわけもなく、いつ終わりが来るのかわからず、苦しんでいました。




その時が時刻表でした。

私に起こったそのような出来事は、あくまでも私と私の家族が神様に出会うチャンスだったのです。





母は、韓国食堂で出会った執事さんに福音のメッセージを聞き教会に通い始め、私も麻布福音教会へ導かれました。