聖書的な苦しみの手放し方

聖書的な苦しみの手放し方



①苦しみってなんで来るんでしょうね。

なかったらいいのにと思った事ない人はいないでしょう。今日は聖書的な苦しみの手放し方について考えてみたいと思います。その前になんで、苦しみなんてあるの?っていうところですよね。


このことを考えるためには、万物と人間の創造主である神様は「絶対主権」を持っていて全てをご計画に基づいて行われるということを知っておかなくてはなりません。我々、被造物は神様の絶対主権を認めて生きるものなのです。このことを知らない、もしくは知っていても認めないのであれば苦しむ可能性は100%です。



では、次の疑問は「絶対主権」を持っている神様はなぜ愛しているはずの人間に苦しみを与えるのか?どうしたら苦しみを手放せるのでしょう。ヨハネの福音書にこういう話があります。

②苦しみの手放し方

ヨハネの福音書9:1−3 9:1またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。 9:2弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」 9:3イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです。」

生まれつき目が見えないなんて、文句も言いたくなるし、神様に恨み言を言いたくもなるだろうと思うようなことです。人間の小さな頭で考えると「何か悪いことをした報いなんじゃないのか?」のような考えしか出てきませんが、イエス様は「神のわざがこの人に現れるため」と言っています。絶対的な主権をもち、人間の考えでは理解できないようなご計画をお持ちの神様に信頼し信じるしかありません。なんといっても神様(イエス様)自らそう言われているのですから。「神のわざがこの人に現れるため」だと。信じるしかないです。絶対的な主権と人間が全く及ばない神様の計画と争うのをやめる。これが苦しみの手放し方の一つであると言えそうです。

③苦しみから解放されたいのなら。

苦しみから解放されたいなら、神様の主権・計画を受け入れることですが、これは諦めと無抵抗ではありません。

ローマ人への手紙8:28
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

「全てをめぐり合わせて益としてくださる」と約束されています。苦しみから解放されたいのであればこれを理解するしかにないです。神様が「益としてくださる」と聖書が言っています。人間からどう見えようと「益とする」ために計画に基づいて起きているので、感謝し受け入れるしかないです。

④苦しみの意味を知りたいですか?

 「神様からサイン」というのは一つありそうですね。「そっちじゃないよ」「その考え方ではだめだよ」といったメッセージだということです。このメッセージを無視し続けるとやはり苦しむことになるでしょう。そうそうに自分の考え、生き方を変えるのが賢明です。ここでよくありがちなのが、自分の考えでなく、神様のご計画の方を変えようとすることです。これはおすすめしません。まず不可能です。家の壁を押して地球の自転を止めようとする以上に無謀です。次に神様は気づかせるためにより苦しみを与えられるでしょう。いいこと何もないです。とっとと自分の考えを変えたほうがいいです。

⑤それでも「苦しみしか見えない」という貴方へ

人間は、神様の力を頼らなくてはなりません。

マルコの福音書10:27
「イエスは、彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです。 」

自分の考えに囚われて落胆するのではなく、すべてできる神の力を信じる信仰を持たなければなりません。

ローマ人への手紙4:17
このことは、彼が信じた神、すなわち死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる方の御前で、そうなのです。

死者をも生かす神様は必要なら紅海も割るし、エリコ城も崩します。このことを信じていればいいです。

神様の絶対主権を信じること。「世の終わりまで共にいるよ」と言われる神様の導きを受けること、この御言葉を持って生きる信仰を持つことは確実に貴方の人生を良い方に変えます。

ヨハネの黙示録22:13
「 わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」


イエス様を通じて神様に会えば、天地創造の時から変わらない神様が導いてくださいます。だから信じればいいんですよ。